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福岡家庭裁判所 昭和36年(家)2071号 審判 1963年9月21日

申立人 山本吉男(仮名) 外一名

相手方 山本啓蔵(仮名) 外二名

主文

本件申立を却下する。

理由

第一本件申立の要旨

一、被相続人山本右門(以下-被相続人という)は昭和三五年一〇月一一日死亡し、その遺産相続人は本件当事者のみである。(被相続人の妻トミは昭和三一年二月一四日に死亡)。

二  申立人山本実は、被相続人が生前数千万円相当額の不動産を所有していたことを知つているので、その遺産を調査したところ、次のことが判明した。

(1)  別紙第一目録記載のうち一ないし一二の土地は被相続人の所有であるところ、相手方山本啓蔵が、被相続人の生前中に、同人が中風症で臥床中であるのを奇貨とし、その印鑑を冒用して自己のために所有権移転登記をしている。そうすると、上記土地は、真実は被相続人の所有であつたものであつて、本件遺産である。

同目録中の一三の家屋は、相手方山本啓蔵が被相続人からその生前に贈与を受けたものであることが判明したので、本件分割に際しては右相手方の特別受益として処理すべきである。

(2)  別紙第二目録記載の土地は、被相続人の所有であるところ、相手方山本啓蔵がほしいままにこれを第三者に売却しその代金を受領しているので、該売却代金は遺産に属する。

(3)  第三目録中(イ)の土地は、元来被相続人の所有であつたところ、被相続人がその生存中に申立外山本次郎の所有であつた同目録(ロ)の土地と交換したので、(ロ)の土地は被相続人の所有に帰すべきであるのに、相手方山本啓蔵の所有として移転登記がされている。(ロ)の土地は遺産として分割の対象となるものである。

(4)  第四目録記載のうち一、二、三、の田畑は、被相続人において買受けたものであるが、その取得登記をしないうちに、相手方山本啓蔵がその所有名義に登記したものであり、四ないし九の田地は相手方山本啓蔵が被相続人所有の金員を代金の支払いに当てて買受けたものである。そうすると、被相続人は相手方山本啓蔵に対し、上記一、二、三、の田畑の価格相当額の金員および四ないし九の田の買入代金相当額の金員の返還請求権もしくは損害賠償請求権を有する筋合であつて、該債権は遺産に属することになる。

(5)  相手方山本啓蔵が占有している別紙第五目録記載の金員は、遺産である第一目録記載および被相続人名義の土地を板付飛行場用地として賃貸中の賃料であるので、本件遺産に属するものである。

(6)  第六目録記載の田畑家屋は、本件遺産に属するものであるところ、これを申立人山本吉男の取得とすることについて、相続人(本件当事者)間に協議が整つており、田畑については同申立人に所有権取得登記ずみである。(家屋については未だ保存登記がされていない)。

(7)  第七第八目録記載の土地は、被相続人の所有であるところ、上記第一目録記載の土地について記述したと同様の方法によつて、第七目録記載の土地を相手方山本ミサヱに、第八目録記載の土地を相手方新田ウキコに、それぞれ贈与を原因として所有権移転の登記を了している。そうすると上記土地は、真実は被相続人の所有であつたものであつて、本件遺産である。

三  そこで、申立人らは、相手方らに対し、上記遺産について分割を請求したのであるが、円満に協議が整わないので、これが分割の審判を求める。

第二相手方らの主張の要旨

一  本件相続関係については、申立人の上記一の主張事実を認める。

二  第一目録記載の不動産は、相手方山本啓蔵が被相続人から適法に贈与を受けたものであるから、本件遺産ではない。

三  第二目録記載の不動産中には、相手方山本啓蔵所有のものもあるのであつて、被相続人が上記相手方所有分をも含めて第三者に売却したものであつて、その売却代金は、被相続人自身およびその妻トミの病気療養費の支払いに当てられた。

四  第三目録の(イ)の土地は第四目録中の八の土地と交換したものである。

五  第四目録記載の田畑は、相手方山本啓蔵が自分の資金で買受けたものであつて、同人は被相続人から右買受資金を借受けた事実はない。

六  第五目録記載の金員について、相手方山本啓蔵は第一目録記載の土地の大部分を板付飛行場用地として賃貸し、年平均三六万円の賃料を受料しているところ、同地は上記の如く同相手方の所有であるので、賃料は当然相手方啓蔵の所得である。なお相手方山本啓蔵は受領した賃料を税金、組合費、その他の諸経費の支払いに当てているので、現在預金、現金等としてこれを保有していない。

七  第六目録記載の土地は、被相続人が、その生存中に、申立人山本吉男に対し、同人が被相続人の遺産相続を放棄することを条件として贈与したものである。

八  第七目録記載の土地は、相手方山本ミサヱが、第八目録記載の土地は相手方新田ウキコが、それぞれ被相続人からその生前に贈与を受けたものであつて、本件遺産ではない。

第三当裁判所の判断

一  記録中の戸籍謄本によれば、被相続人は昭和三五年一〇月一一日死亡し、その遺産相続人は、長男である申立人山本吉男、二男である相手方山本啓蔵、三男である申立人山本実、二女である相手方山本ミサヱ、三女である相手方新田ウキコの本件当事者五名のみであることが認められる。そうすると、本件当事者の相続分は各五分の一宛となる。

二  遺産の範囲

(1)  第一、第七、第八目録記載の物件について、

記録中の登記簿謄本、同抄本によれば、第一目録中の一ないし七の土地については昭和三一年一〇月一三日に同年一〇月九日付贈与を原因として、八の土地については昭和三一年一二月二〇日に同日付贈与を原因として、九の土地については昭和三四年九月一日に同日付贈与を原因として、一〇、一一の各土地については昭和三四年九月二二日に同月一日付贈与を原因として、一二の土地については昭和三五年二月三日に昭和三四年一二月一八日付贈与を原因として、いずれも被相続人から相手方山本啓蔵に所有権移転の登記済であることを、第七目録記載の田については昭和三二年四月一七日に昭和三一年一二月二七日付贈与を原因として被相続人から相手方山本ミサヱに所有権移転の登記済であること、および第八目録記載の雑種地については昭和三一年一〇月二二日に同月一九日付贈与を原因として被相続人から相手方新田ウキ子に所有権移転の登記済であることを、それぞれ認めることができる。申立人において、上記各贈与は、相手方らが、被相続人が中風症で臥床中を奇貨としてその印鑑を冒用したものであるから無効であると主張するので検討する。医師安部繁太郎作成の証明書、調査官立石枝作成の右医師についての調査結果の報告書、相手方山本啓蔵、同山本ミサヱ、同新田ウキ子に対する各審問の結果、証人平田マツ、同山本栄一、同水原太郎、同中田正一の各証言を総合すれば、被相続人は、上記各贈与当時および所有権移転登記の頃、中風症に罹つていたけれども、その精神状態にはさしたる変化はなく、事理に対する十分な判断力を備えていて、相手方らに対し上記の如く贈与し、その登記手続を山本栄一に依頼し、被相続人の印鑑を必要とする都度、その保管中の印を同人に手交し登記申請関係の書類を作成してもらつた事実を認めることができるのであつて、右認定を覆すに足る資料はない。そうすると、上記各贈与は有効というべく、従つてその物件は本件遺産に属しないものであつて、相手方らの民法第九〇三条所定の特別受益として処理されるものというべきである。

第一目録一三の家屋については、調査の結果によれば、相手方山本啓蔵が被相続人からその生前に贈与を受けたものであることが明らかである(双方の代理人の主張は、その旨合致している)。

(2)  第二目録記載土地の売却代金について、

記録中の登記簿謄本同抄本によれば、第二目録中の二、三、四、五、六の各土地は被相続人の所有であつたところ、二の土地は昭和三三年五月二日に同年三月二二日付売買を原因として福岡市に、三の土地は昭和三一年四月九日に同年三月三一日付売買を原因として木下マツコに、四の土地は昭和三〇年一二月二六日に同月二四日付売買を原因として中川フサ子に、五の土地は昭和三一年四月二五日に同日売買を原因として中川フサ子に、六の土地は昭和三五年二月三日に昭和三四年一二月一八日付売買を原因として山本次郎にそれぞれ所有権移転の登記済であること、および一の土地は子安九郎から昭和三一年九月二九日に同月二八日付売買を原因として相手方山本啓蔵に所有権移転の登記され、右相手方から昭和三三年一二月二六日に同月一九日付売買を原因として大蔵省に所有権移転登記済であり、七、八の土地(現在地目は宅地)は高山明から昭和三三年一一月一日に昭和二八年五月三〇日付売買を原因として相手方山本啓蔵に所有権移転登記がされ、同人から昭和三六年一月二五日に昭和三五年一二月二二日付売買を原因として福岡機工株式会社に所有権移転登記をしたことをそれぞれ認めることができる。しかし、上記一、七、八の各土地が被相続人の所有であつたことおよび相手方山本啓蔵が被相続人所有の上記二ないし五の土地を勝手に売却しその代金を受領していることを確認するに足る資料がない。

かりに申立人主張の如く、第二目録記載の土地が全部被相続人の所有であつて、相手方山本啓蔵がこれを勝手に売却し代金を受領したものとすれば、被相続人はその生前、右相手方に対し不法行為によ損害賠償もしくは代金引渡請求権を有する筋合であつて、かような可分な金銭債権は法律上当然に分割せられ、相続人は各自相続分に応じこれを取得することになるので申立人および相手方は、この債権を分割手続によらないで、相続分に応じて当然分割取得することになる。

以上の理由により、申立人主張の売却代金は本件分割の対象にならないものといわねばならない。(従つて売却代金の額の点については調査しない。)

(3)  第三目録記載の土地について

登記簿抄本によれば、(イ)の土地は、元、相手方山本啓蔵の所有(ロ)の土地は山本次郎の所有であつたところ、昭和三四年一二月一八日交換しその登記を完了していることが認められる。申立人は(イ)土地は被相続人の所有であつたので、それと交換された(ロ)土地は当然被相続人の所有に帰すべきものと主張するけれども、登記簿抄本によれば、(イ)土地は、相手方山本啓蔵が昭和二七年一〇月二〇日強制譲渡により所有権を取得し、昭和二八年七月一三日取得登記を了したことが認められるのであつて、農地法の規定からすると、被相続人にその所有権があつたものということはできない。

よつて上記(ロ)土地は本件遺産に属しないので、分割の対象にならない。

(4)  第四目録記載の土地代金等について

登記簿謄本、同抄本によれば、第四目録記載の土地が、相手方山本啓蔵の所有であることが認められる。

申立人は相手方山本啓蔵が被相続人買受けにかかる一、二、三の土地を勝手に所有権取得登記をしたというけれども、右土地の登記簿謄本、福岡市農業委員会長木下亀次郎作成の証明書(二通)福岡県知事名義の許可書、筑紫郡那珂町農業委員会長奥村利雄発行の通知書および証人中田正一の証言を総合すれば、上記三筆の田畑は、相手方山本啓蔵が農地法所定の知事の許可を得て、被相続人の生存中に、第三者から買受けたものであることが認められる。もつとも、相手方山本啓蔵に対する審問(昭和三七年八月三〇日)の結果は、同目録記載の田(七、八を除く)は実際には被相続人が買受けたが未だ登記をしていなかつたというのであるが、知事の許可を得ていないのに同人がその所有権を取得することは農地法の規定上ありえないことである。

相手方山本啓蔵に対する上記審問の結果によれば、被相続人が事実上第四目録記載の土地の買売代金を支払つた事実が認められるところ、調査の結果では、被相続人が相手方山本啓蔵に対し右代金相当額を贈与したのか、あるいは貸与したとみるべきか確定し難い。もし贈与であれば、上記相手方の特定受益として処理されることになり、貸与であれば相続人である本件当事者は、被相続人の相手方山本啓蔵に対する貸金債権を各自の相続分に応じ当然分割取得する筋合であつて、いずれにしても、上記代金相当額の金員は本件分割の対象にならない。(従つて金額の点については審理しない)。

(5)  第五目録記載の金員について

申立人は、相手方山本啓蔵が本件遺産に属する土地に対する賃料を受領したものであつて遺産に属するというのであるけれども、申立代理人の釈明によつても、同金額の算出基礎である賃貸土地、基本賃料、支払年度等が明らかでない(昭和三八年五月一日付釈明書参照)。調査の結果によれば、第一目録記載の一ないし一二の各土地および遺産である福岡市大字下月隈字○○町○○○○番地の一宅地四二一坪外二三筆の土地(ただし、被相続人の持分は六〇分の五であつて、本件当事者間に協議が成立していて、本件分割の対象としない)を板付飛行場用地として賃貸中であつて、相手方においてもその賃料を受領していることが明らかであるところ、相手方山本啓蔵は、現在、受領した賃料を諸支払に当てているので現金、預金等として保有していない旨主張しており、受領した賃料をそのまま保有している事実を認めるに足る資料もない。

被相続人の遺産である上記共有の土地二四筆に対する賃料は、本件当事者が協議の上分割して取得している(申立人代理人の上記釈明書参照、従つて分割の必要なしとして分割の対象より除外する旨申出て、相手方代理人もこれに同意した)ので、申立人主張の上記賃料は第一目録一ないし一二の土地に対する賃料に当ると見るのが相当であつて、そうすると、右土地は相手方山本啓蔵の所有と認めうること前述したとおりであるから、右賃料は右相手方の取得に帰すべきものである。もし、かりに上記金額中に、遺産に属する土地の賃料が含まれているとすれば、各当事者は相手方山本啓蔵に対し右賃料に対する相続分の割合に応じた金員の支払いを請求しうる筋合であつて、右相手方が現実に受領金員を保有していない以上、別途に請求すべきであつて、分割手続によつて処理する限りでない。(従つて本件手続においてはその金額については審理しない)。

(6)  第六目録記載の土地建物について

登記簿抄本、申立人山本吉男同山本実、相手方山本啓蔵に対する各審問の結果によれば、第六目録記載の田、畑、家は被相続人の遺産であるところ、本件当事者に、これを申立人山本吉男の取得とすることについて協議が整い、田畑については昭和三六年三月七日同人に対する相続による所有権移転登記を完了し、家屋は同人がこれを占有している事実が認められる。そうすると以上の物件は本件分割の対象から除外すべきである。

以上記述したとおり、本件については分割の対象となるべき遺産が存在しないことになるので、本件申立は失当としてこれを却下すべきである。なお、家事審判については既判力がないとされているので、この審判が確定しても、第一、七、八目録記載物件の所有権の帰属に関する判断に不服なものは、民事訴訟でその確定を求めることはできる筋合である。よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 藤田哲夫)

別紙 第一目録

福岡市(以下各目録につき同)

整理

番号

大字

番地

地目

反別

下月隈

水町

省略

雑種地

一反六畝一二歩

一・一・〇九

三・〇〇

柳井町

一・二・二八

高森

六・二一

高寄

二・一・一八

東平尾

生ケ丸

三・〇・〇三

下月隈

古森

宅地

一三二坪

六一

一〇

六八

一一

東平尾

小島

雑種地

一反一畝二三歩

一二

下月隈

三ツ栗

二畝二九歩

一三

板付

家屋番号補板付見上○○番

木造瓦葺平屋建居宅一棟

建坪二七坪二合五勺

第二目録

整理

番号

大字

番地

地目

反別

売渡価格

下月隈

正午

省略

山林

一反六畝一七歩

六五〇、〇〇〇円

小石ケ谷

九・一〇

一五〇、〇〇〇

東平尾

小島

雑種地

一・三・一二

六〇〇、〇〇〇

下月隈

柳井町

一・四・二八

六〇〇、〇〇〇

杭手

雑種地

一・二・二二

六〇〇、〇〇〇

小石ケ谷

八・二〇

六〇〇、〇〇〇

三十六

二・〇〇

三〇〇、〇〇〇

田(ボタ道)

一・一一

三〇〇、〇〇〇

第三目録

整理

番号

大字

番地

地目

反別

下月隈

カイン

省略

一反二畝二九歩

板付

宿

四・〇九

第四目録

整理

番号

大字

番地

地目

反別

板付

サヤノホ

省略

一反〇畝一五歩

下月隈

水町

一・二〇

二・一五

板付

宿

〇一

二五

五・〇〇

一・一二

一・二・一二

二・〇六

第五目録

一 現金 一、四九六、三七九円

第六目録

整理

番号

大字

番地

地目

反別

下月隈

高租

省略

〇反五畝二七歩

二・六・二八

カイン

一・一九

家屋番号同所○○○番○

木造瓦葺平屋建居宅一棟

建坪一五坪七合勺

第七目録

福岡市大字下月隈字小石ケ谷○○○番地 田 四畝二九歩

第八目録

福岡市大字下月隈字傘○○○番地 雑種地 三畝〇八歩

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